融通念佛宗青年会
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平安末期へいあんまっき永久えいきゅう 5 年(1117年)5月15日、宗祖良忍上人しゅうそりょうにんしょうにん(1072年〜1132年)大原来迎院おおはららいごういんにおいて修行中、阿弥陀あみだ様からだれもがすみやかに仏の道にいた方法ほうほう (即疾往生)そくしつおうじょうとして、

一人一切人いちにんいっさいにん 一切人一人いっさいにんいちにん 一行一切行いちぎょういっさいぎょう 一切行一行いっさいぎょういちぎょう

十界一念じっかいいちねん   融通念佛ゆうづうねんぶつ   億百万遍おくひゃくまんべん   功徳円満くどくえんまん

偈文げもんを授かり開宗されました。
自分一人の念仏が他のすべての人(一切人いっさいにん)におよぼし、一切人いっさいにんの念仏が一人ひとりおさまり、はかり知れない念仏のかずとなって功徳くどく(仏様のめぐみ)も広大になる。ともどもに念仏を唱和する中に、阿弥陀あみだ様の本願力ほんがんりき自己じこ念佛ねんぶつちからとが互いに融通ゆうずうして、現世げんせに喜びあふれ智慧ちえ輝く楽土らくど建設けんせつすることをめざす。
つまりひとりの念仏がの多くのひとに、おおくのひとの念仏がひとりに影響えいきょうおよぼし、その念仏をとなえあうなかで仏様の本願力ほんがんりきみなをおすくい下さる 力)とが融通ゆうずうしあい、すばらしい楽土らくどが開かれるという こと。


融通念仏の教え
 融通念佛の融通とはどのような意味かと申しますと「ゆう」とはこころがとけあうこと(和合わごう)「つう」とはへだてなくかよい合うこと(共通)です。
すべてのものは、すがた(そう)も、はたらき(ゆう)も異なります。
 たとえばセメントと砂と水の三者はそれぞれすがたもはたらきも異なります。しかしこれを適度にぜ合わせることによってみごとにその個性を生かしあってコンクリートという強固きょうこなものになります。
また、野球場にともされた何千何万個の電灯はそれぞれの光を放ち合い一定の照明となりナイターが出来るのです。それは、電灯一個ずつがお互いに通じてさわりのない世界をつくりだしているからです。
それぞれが自分の力とはたらきを出し合って自分の個性を発輝はっきしつつ、しかも調和のとれた世界を現出げんしゅつしています。これが融通です。  
 これは全体(一切いっさい)の中のいち)の大切さをいったものであります。
いち)と(一切いっさい)との関係は相依あいよ相扶あいたすけあって存在するのです。
このことを「一人一切人いちにんいっさいにん一切人一人いっさいにんいちにん」と申しています。
 融通念佛とは念仏をしゅうすること(一行いちぎょう)によって人と人、人と物、物と物とのすべてのおこない(一切行いっさいぎょう)の関係の上に自分のとなえる念仏が他人様の唱える念仏ととけあい、さらに阿弥陀様あみださまのみんなをおすくい下さる本願力ほんがんりきとが融通和合して共に生きるということを「一行一切行いちぎょういっさいぎょう一切行一行いっさいぎょういちぎょう」と申して苦悩と迷いのこの世界を喜びにあふれた楽土らくど浄土じょうど)にすることをめざした教えです。



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